GW中、久々に新潟へ帰省。
何かの機会にGoogleマップで地元の航空写真やストリートビュー見てたら、自分が記憶している画と大きく様変わりしていて、悶々とした気持ち。
そして、改めて住んでいた地域の地名を見ていると、自分って土地的に凄く面白い処に住んでいたんじゃないかって事に気付き、更に悶々と。
そんな気持ちの中、今年初めに行った雪山旅行の先で一緒に行った友人と新潟談義。
友人といっても干支が一回りするくらい歳の離れた大先輩。
昔、新潟に赴任していた時期があって、住んでた地域も近場。
案外、何処かで擦れ違ったりしてたのかもと話をしつつ、新潟の美味い店談義。
本人は「接待のため」なんて言ってたけど、美味しい物をこれでもかと堪能してた模様。
でも、自分には全然知らない店の名前ばかり。
当時、小・中学生、高校生だった自分は当然「味より量」なわけだし、グルメなんてのには全く興味がなかったので、そこそこに食が楽しめるようになった今となっては話を聞いているだけでそそられるわけで。
そもそも実家に帰る事は少なく、前帰ったのは4年前。
それも前回は北海道ツーリングのため。
フェリー乗り場が家から近いってだけで、前日入りして一泊しただけ。
別に新潟が嫌いで帰らないってわけではなくて、地元の仲の良かった友達も殆ど県外に出てるし、母も1年の半分以上は東京に出てくるようになってしまったので、余り帰る理由が無いってだけ。
そんな中、今回は偶々色んな要素が実家に帰ればと囁くので、友人に会うとか関係なく、ただ帰ってみようかなと。
そして久しぶりの実家。
バイクで帰省したのだけど、出た時間が良かったせいか、朝9時過ぎには到着。
ちょっと小休止して、今回の目的のひとつ、新潟島一周へ
新潟島なんて地名は本当は無いんだけどね。
日本一の信濃川、関屋分水、そして日本海と周囲を水に挟まれ島のように形成されてる事から新潟島なんて名称が定着してるみたい。
川沿いに「やすらぎ堤」なんて綺麗な遊歩道が出来ていたりして、散歩するには凄く良い場所。
でも、自分の記憶にあるイメージってこんなのどかな風景ではなく、鉄と油と磯の臭いなんだよね。
沿岸の方は鉄工所と造船所が沢山あって、ドックの大きな鉄扉や、その扉の隙間から見える大きな船やそれを整備するために使う大きな鎖や歯車などの機器。
余りの大きさに興味よりも怖いと感じていたのを思いだす。
今なら逆に飛びついてしまうような画図らなんだけどね。
父も鉄工所で働いていて、うるさい音と鉄の削り屑で埋もれた工場の中で働いていた姿を辛うじて覚えてる。
今更ながら格好良い男の姿だったのではないかと。
自分が確認したかった画はそんな風景。
でも、こんなご時世のせいか、活気がないというか、昔の風景とは全然違うんだよね。
父の居た鉄工所も看板が無くなってて、営業してるんだかしてないんだか。
ちょっと寂しい気持ち。
それでも残ってる風景は沢山あって、郷愁を堪能しつつ一周15Kmを制覇。
関屋分水。ここを挟んで左側の流れが信濃川、右側の荒波が日本海。
日本海の荒波とテトラポッド
釣り人もたくさん居ましたよ。
日和山近くの展望台。この近くの公営団地に最初住んでて、懐かしい。
新潟島には10以上の橋が架かっているのだけど、一番新しい橋が柳都大橋。の下。
珍しい形状で2本橋なのです。
橋だけでなく、沿岸の方にトンネルも出来てきました。
Googleマップ見た時の違和感の原因。これのお陰で湾岸が全然違った形に整備された模様。
ランドマークでもある朱鷺メッセ。対岸からみるとその形状は船なんですよね。
本当は、あの赤い灯台まで行きたかったんだけどね。
昔よく釣りに連れってて貰ったな〜
その後、高校ん時から世話になってるラーメン屋で昼飯。
このラーメン屋の店主。
何年越しに帰っても覚えてくれていて、今回も例に漏れず。
入るなり、変わらぬ高い声で「○○く〜ん、久しぶり〜」だって。
美味さも安さも昔のまま、これで450円なんだよね。
昔から学生には優しいお店。
今はどうか分からないけど、喫煙も許してたからな〜(笑
休憩後はもうひとつの目的の場所。
新潟カトリック教会、日本のカテドラルのひとつです。
世界に沢山存在するカトリック教会は教区という単位で区分けされており、その区の中心となる教会がカテドラル。
そのひとつがこの教会。
教区創設から来年で100周年と歴史もある教会なのです。
3年前にスペインツーリングをしてからカテドラルに魅せられて、日本のも廻ってみたいと思っていたので、そのひとつを達成。
でもね、実は昔から縁があって、小学校にあがる前は此処に隣接されていた保育園に通ってたのです。
お誕生会とかクリスマスとかになると、この教会でお祈りを捧げてなんてのを覚えてる。
残念な事に自分はクリスチャンではないので教義等々には耳を塞ぐけど、気が付くと知らず知らずの内に今の興味が昔とリンクしてるんだよね。
昔よりちょっと外観が綺麗になったかなと思いつつ、教会の中に入ってみる。
記憶している昔の画と今自分の目の前にある画を重ねながら、変わったようで変わってない感じ。
それ以上に教会内のピーンと引き締まった空気感がなんともいえない。
昔なんて磔にされたキリスト像なんて怖い物でしかなかったけど、今はその姿に信仰してきた人達の思念を感じるというか、それが何ともいえない感慨を生んでくれるんだよね。
教会を出た後は、自分がいた保育園前を通って、どっぺり坂という地味に有名な階段を上り、再び海の方へ。
階段を上り、防風林を抜けると、
護国神社。新潟の招魂社。
じっくり廻ってみると、新潟という土地が幕末、明治維新の時代にどれだけ重要な拠点だったかが分かる。
地獄極楽小路。
この路の左側には元禄年間に創業した料亭・行形亭があり、今も営業してる。
それを挟んで右側は旧新潟刑務所があった跡地。今は美術館や公園があって、赤煉瓦が唯一の名残。
刑務所(地獄)、料亭(極楽)を隔てる路地である事からそう呼ばれていたとか。
結局、帰省一日目は歩き通しの日。
でも、色んなものが見れた。というよりは地元を再認識できた。
自分が子供の時と今の感性が違うためか、今の方が楽しめたかな。
違うといえば、距離感も。
昔はこの通りからあの通りまで抜けるのが遠いって感じていたのに、今だと「こんなもんだったけ」という距離感。
云っても高校卒業まで新潟に住んでいたわけだし、その時に比べて身長なんて大して変わってもいないし、歩幅の問題って事はないし。
新潟出てから、それなりに世界観を広げてきたつもりなので、その影響かな。
そして夜は、東京の呑み友達に紹介して貰った、そのお友達さんがやっている店で呑み。
色々良くして貰い、新潟の夜が更けていく。
二日目も、地元の友人を引きづりだし、新潟島内を散策へ
白山公園
桜が辛うじて咲いてました。
露店で買ったぽっぽ焼きを頬張りつつ、燕喜館なる処へ
茶室ですな。
こんなのも有りと思えるのは、やっぱり歳のせいか。
その後は県政記念館やら、綺麗に整備されたりゅーとぴあの遊歩道を通ってやすらぎ堤へ、そして新潟市歴史博物館など、渋い処を巡る。
でも、歴史博物館は面白かった。
小学5年の時に受けた地域の歴史の授業を大人感覚で復習。
「習った。習った。」なんて話をしつつも、新たな知識も吸収しつつ、新潟の素晴らしさを知る良い機会。
結局、実家には2日しかいなかったけど、それなりに濃密な時間が過ごせたように思える。
自分がおっさんになったせいもあるのかもしれないけど、歳を重ねた事によって生まれる地元への愛着もある。
それを再認識させてくれたプチ旅行だったのかも。